愛知県立芸術大学

文化財保存修復研究所 刊行物・資料

第1号 2014-2015(平成26-27)年度

発刊によせて

愛知県立芸術大学は昭和41年に開校し、昨年は創立50周年を迎えた記念として様々な展覧会やコンサートなどが開催されました。その記念事業の一つとして日本画専攻では「愛知県立芸術大学模写展~片岡球子が遺した模写事業とその後継者たち」を企画し、名古屋市古川美術館において開催しました。

この展覧会の中心となった模写作品の大学模写事業は昭和49年、1974年から片岡球子先生の発案による法隆寺金堂壁画模写から始まっています。その後43年間に法隆寺金堂壁画をはじめとして高松塚古墳壁画や釈迦金棺出現図など62点の国宝、重文の模写作品が完成しています。

このような模写事業の実績が認められ、平成22年には安城市の依頼により5年計画で聖徳太子絵伝 10幅の現状模写を制作。また、部分公開中の名古屋城本丸御殿障壁画の復元模写を名古屋市の依頼で平成5年から開始、現在に至るまで制作を続けています。

これらの愛知芸大の長年にわたる模写事業には多くの教員と卒業生が携わり、制作された数々の模写作品は大変貴重で優れた資料として他に類を見ないものとなっています。

文化財の保存と継承という意味で本学の模写というのは大変重要です。日本画大学院第三研究室では長年、模写を中心とした授業を行ってきました。模写とは絵を学ぶ一つの手段であるだけではなく、例えば展示が制限されている国宝、重文作品と同じ素材と技法で制作された模写作品がその代わりとなることで間接的に貴重な作品の保存に役立つと言えます。その一方で直接的な文化財の修理、修復ということも授業に取り入れることを模索していましたが、なかなか実現できませんでした。

文化財の修復には優れた技術と知識、経験がある人材が必要です。長年国宝や重文の修復に携わり、海外の美術館や大学での修復指導の経験がある脇屋先生に修復実技授業を継続して担当していただけるようになったことをきっかけとして、漸く模写教育とその事業に同じく文化財修復事業も教育と一体化した教育体制が整い、模写と修復の両輪で文化財の保存と継承を目指す文化財保存修復研究所の構想を計画しました。

大学改革の旗印の下、愛知芸大も法人化以降、優れた人材の育成は勿論のこと将来を見据えた教育研究体制や教育研究成果の地域への還元と発信を目標に変革を進めています。文化財保存修復研究所はその目標に沿うものとして 2014年に設立することが出来ました。

現在、研究所は模写と修復の受託事業を柱に活動していますが、単に事業を行うだけでなく、外部から委託された模写、修復には専門の教員や技術者の指導の下、卒業生や大学院生が携わることでその技術や知識を直接学ぶ事が出来る人材育成の役割も担っています。また、受託事業以外にも設立初年度は記念の芸術講座を開催、2015年には「絵画を守る-国宝から地方文化財まで」、2016年は「災害と文化財」等の公開講座を本学で開催し、文化財の継承と再生に関わる情報を広く発信しています。

設立以降、多くの日本の古典絵画を中心に修復事業を行ってきました。実際の修理、修復には何をどう保存し修復するか十分に検討し、調査の上で対策を行うことになりますが、それには今後も愛知芸大の各分野の先生方の理解と協力、学外の専門機関や研究者との連携が不可欠です。また、その連携の中から他の分野にも修復事業が広がることを期待しています。

ものにはすべて寿命があり、時の経過とともに傷み消滅するのが自然の摂理です。先人が遺してきた貴重な文化財を保存し、後世に伝えていくことは現代に生きる私達の責務です。文化財保存修復研究所はさらに文化財保存修復のネットワークを広げながら、中部圏の文化財修復の拠点となることを目指し、貴重な文化財を後世に継承するという大切な役割を担っていきます。

文化財保存修復研究所 顧問(平成26、27年度研究所所長)
秦 誠