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卒業生インタビュー(2回目)-音楽学

松宮 圭太さん
2004年 作曲専攻音楽学コース卒業

「現在の研究や創作の土壌をつくってくれたのが県芸でした」

フランスの現代音楽とコンピュータ音楽に関する卒業論文を提出し、本学の音楽学コースを卒業した松宮圭太(まつみや・けいた)さん。卒業後は国内外で広く音楽の勉強を続け、現在、新進気鋭の作曲家・研究者として活躍しています。松宮さんがどのような大学生活を送り、その経験が人生にどのような影響を及ぼしたのか、詳しくお聞きました。

musicology-interview-02-01松宮 圭太さん

・・・・なぜ音楽学を勉強しようと思ったのですか。

松宮「物心ついた頃には、姉の弾くピアノの練習曲を見様見真似で弾くようになり、楽譜なしで音楽を記憶し、演奏する癖がついていました。小学校入学時から僕自身もピアノを習い始め、小学校高学年時には、テレビゲームやフュージョンといった音楽の耳コピをして演奏するようになっていました。部活動で音楽部の部長を務めていた際、そういった音楽を、足踏みオルガンや大太鼓小太鼓、鍵盤ハーモニカ、リコーダーといった、小学校にある楽器の合奏に編曲して、部員たちとともに文化祭などで演奏発表するようになっていました。ついで中学高校では、6年間吹奏楽部でトランペットを担当し、時にバンドでキーボードなども弾くこともありましたが、大学では音楽のことをもっと広い視野から学びたいと思い、音楽学を専攻しようと考えました。 」

・・・・進学先に愛知県立芸術大学を選んだ理由を教えてください。

松宮「家計の事情から国公立しか進学先はないという意識があり、また僕は京都の出身なのですが、当時、京都市立芸術大学には学部に音楽学専攻がなくて、関西に比較的近く公立学校である愛知県立芸術大学に関心を寄せ、受験しました。」

・・・・大学で印象に残っている授業を教えてください。

松宮「1年間の浪人期間を過ごしていたので、大学生活への好奇心だけは充電満タンだったというのもあり、4年間、学部学科をまたいで、作曲コースや彫刻専攻、芸術学専攻、デザイン専攻など、いろんな授業に顔を出させていただき、でたらめな向学心だけを頼りに4年間を突っ走りました。  音楽学コースの専門の授業では、井上さつき先生、楢崎洋子先生にしょっちゅうお叱りの言葉をいただいていたように記憶していますが(笑)、楽書講読では、4年間にわたって英独仏語の文章解読の訓練をしていただいたおかげで、外国語で文献を読む基礎力がつきました。また、音楽学研究の授業では、論考、資料調査の方法などを細かく指導していただいたことで、現在の研究につながる基礎力をつけていただいたと思っています。そして、当時の研究と関心の延長上に現在の制作と研究があると思っているので、そういう意味で感謝しています。
 また、現代音楽特講という授業で来られていた江村哲二先生にお世話になりました。江村先生は、残念なことにその後若くしてお亡くなりになられたのですが、先生には研究と創作の両面でサポートと激励をいただきました。さらに、釣りやヨーロッパ旅行などに連れて回りながら人生勉強をさせてくださった作曲コースの松井昭彦先生、さまざまな授業、課外活動でお世話になった北爪道夫先生、岡坂慶紀先生、寺井尚行先生、小林聡先生などの作曲の諸先生、ピアノの指導や学内外での即興活動でお世話になった北住淳先生、英語の絵本を4年間かけて講読しながら彫刻史を教えてくださった神田毎実先生、美術史や美学への知見を与えてくださった森田義之先生、中敬夫先生、小西信之先生など芸術学の諸先生、研究や創作でご指南いただいた名古 屋市立大学の水野みか子先生など、切りがありませんが、多くの先生にお世話になり、そして、学部学科を越えて学生と交流できたことは、現在の活動の源泉になっています。」

・・・・そのほかに、大学時代、印象に残っている活動はありますか。

松宮「作曲コースの学生たちとの共同による電子音楽研究部(REAM)の設立や、複数の専攻から集まった友人たち、他大学の学生、プロのダンサーらを巻き込んで長久手町〔現長久手市〕文化の家で行なった舞台作品の上演、学食2F企画部でのサウンドインスタレーション展示など、さまざまな経験が印象に残っています。」

・・・・卒業論文『トリスタン・ミュライユの音楽――《デザンテグラシオン》の分析を中心に』では、どのようなことを論じられましたか。

松宮「音楽学の学生としてはあまり出来の良い学生ではなかったのですが(笑)、研究対象を探して模索し、3年生の終わり頃に、フランスの現代音楽と電子音響音楽の周辺に関心が固まってきました。最終的に、フランス国立音響音楽研究所(IRCAM)とのかかわりで1980年代に制作された、トリスタン・ミュライユによる電子音響とアンサンブルのための《デザンテグラシオン》という作品について調べ、論文にまとめました。この関心にもとづいたフィールドワークが高じて、現在の活動になっている部分もあります。」

・・・・卒業後の進路はどのように決められたのですか。

松宮「学部時代の研究と課外活動から、プログラミングなどを用いた制作、音楽活動を続けていきたいという思いが強くなり、東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻というところに進学しました。」

?・・・・大学院では、どのような勉強をされたのでしょうか。

松宮「大学院では在籍が美術の方になったのですが、古川聖先生の元でサウンド・インスタレーションと作曲を学びながら、音楽学部・研究科の方にもよく顔を出し、和声や対位法、フーガといった作曲関係のクラス授業を聴講し、作曲をする上て?の基礎を学びました。また、夏田昌和先生の研究会にも参加しましたが、夏田先生は、ミュライユの仲間でスペクトル楽派の一員であったジェラール・グリゼーの弟子の一人で、ちょうどフランス留学を終えて東京藝大で教えられていたんです。夏田先生の研究会には、作曲科、楽理科の学生、他大学の学生が熱心に集まっていたんですね。そうして生まれた仲間の中から、パリ国立高等音楽院〔以下パリ音楽院〕作曲科に留学することになった友人がいまして、その友人に影響を受けながら、次第に僕も地に ¶3をつけて作曲の勉強に打ち込みたいと考えるようになっていきました。」

・・・・大学院修了後の進路はどのように決められたのでしょうか。

松宮「大学院2年生の中頃には、パリへの留学を考えるようになっていました。大学院の修了制作としてのサウンドインスタレーションの設置が完了し、修了論文を提出したその足で、そのままパリ行きの飛行機に飛び乗り、準備もままならないままパリ音楽院作曲科の受験に臨みました。でも、とても難しい学校なので、受かるわけがないんです。それで、路頭に迷いかけたんですが、そのとき幸いにも、別の友人の紹介で、アリオン音楽財団で求人があることを教えてもらい、帰国後まもなく同財団で勤めることになりました。」

・・・・アリオン音楽財団では、どのような仕事をなさったのですか。

松宮「同財団は、主に"〈東京の夏〉音楽祭"や、"アリオン・アフタヌーンコンサート"といった事業を手がけていたのですが、僕はそこで、企画助手やウェブ制作、広報などさまざまな実務経験をさせてもらいました。仕事のなかで、演奏家や、コンサートホールで働く方々、企画制作会社の方々、音楽イベントを受け入れる地方自治体の方々に出会い、音楽に対するさまざまな想いに触れることができたことは財産だと思っています。また、紀尾井シンフォニエッタ東京の東北ツアー中に出会った岩手県釜石市の市職員や市民の方々の思い出があったものですから、後の東日本大震災の際には大変心を痛めました。
 在職中には多くの方にお世話になりましたが、パリ留学のために退職することになった際、留学最初の半年間の融資援助をご提案くださった江戸京子理事長には、とりわけ感謝しています。」

・・・・そして、1年間勤められたアリオン音楽財団を退職されて、パリ留学をするわけですね。

松宮「まず、受験準備として、ハ?リから少し離れた場所にあるセウ?ラン市立音楽院作曲科て?勉強しました。こうして人生二度目の浪人生活を経て、なんとかハ?リ音楽院作曲科に合格しました。パリではロームミュージックファンデーションなどの奨学金を得て、とにかく必死て?勉強しました。」

musicology-interview-02-02パリ国立高等音楽院 - 室内オーケストラと電子音響のための『ソリトン』初演

・・・・パリ音楽院に入学してからは、やはり大変でしたか。

松宮「まず自分の基礎力の足りなさに愕然としましたし、世界中から精鋭たちが集まってきているわけですから、彼らになんとかついていこうとあがきました。月曜から金曜の朝から晩までみっちりと授業が詰まっていて、家では課題と制作をしてという毎日でしたので、最初の3年間はあっという間に過ぎましたね。また、オプションで音楽書法のクラスなどを受講したり、バカンス中に国内外の作曲講習会に参加したりして研鑽を積みました。じたばたした甲斐あってか、学部の修了時には音楽院を最優秀の成績で卒業することができまして、修士課程の1年目に、インターンシップのようなかたちで、県芸以来夢見ていたIRCAMの作曲研究員を務めることができたのは嬉しかったですね。」

・・・・憧れのIRCAMですね。IRCAMではどのような活動をなさったのですか。

松宮「朝から晩までひたすらプログラミングの基礎力をつけるために課題に追われましたが、1年の任期の終わりに、そうして学んだプログラミングを用いて制作を行い、演奏会で作品を発表しました。IRCAMには、それこそ世界中から人が集まってきていて、昼夜問わず同僚達と切磋琢磨し合って過ごしました。彼らとは、いまでもアンサンブル発足やその他プロジェクトなどで交流が続いています。」

・・・・IRCAMでの研修後は、どのような活動をなさったのでしょうか。

松宮「パリ音楽院作曲科修士課程に戻ったのですが、音楽院の指揮入門科を受験して入学し、作曲と同時進行で指揮の勉強をしました。ブラームスの交響曲からストラヴィンスキーのバレエ曲、ヴァレーズのアンサンブル曲に至る16曲ものレパートリーを、パリ音楽院卒業生オーケストラを相手に指揮し、勉強できたことは貴重な経験となりました。」

musicology-interview-02-03オーストリア・クラングシュプーレン音楽祭 - 指揮者のスー・ヨル・チョイ氏とアンサンブル曲初演の打ち合わせ

・・・・なぜ、指揮を勉強しようと思ったのですか。

松宮「先ほどの音楽財団での経験の話と繋がるのですが、2011年の東日本大震災を受けて、日本人として何かできないかと考え、パリ・チャリティー・コンサート実行委員会という組織を設立し、パリで3月から4月にかけて11箇所12公演の演奏会に、副委員長として運営の立場から携わったんです。そこで同委員会の委員長を務められ、かつ、ユネスコ本部第1会議室でのオーケストラ・コンサートにて指揮を務められたのが、パリ音楽院の卒業生で指揮者の阿部加奈子さんでした。阿部さんの近くで仕事をするうちに、指揮の勉強をしたいという気持ちが芽生え、個人的にお願いして阿部さんに指揮を師事することになりました。その後、パリ音楽院の指揮入門科で勉強を続けることになったのですが、音楽院作曲科5年間の集大成となる修了作品(室内オーケス トラと電子音響のための作品)制作では、そうした指揮の経験で学んだことを活かせられたと思っています。」

musicology-interview-02-04パリ国立高等音楽院 - 指揮リハーサル

・・・・パリ音楽院の修了論文『コンピュータ支援作曲 トリスタン・ミュライユの《時の流れを和らげるために》の分析を通じて』では、どのようなことを論じられたのですか。

松宮「ミュライユが2005年に制作した 《時の流れを和らげるために》という作品を取り上げて、彼の行なったプログラミングと完成した楽譜との対応関係を追いながら、ミュライユの作曲の思考過程について述べました。執筆にあたっては、IRCAMの作曲研究員時代にお世話になったプログラマーやエンジニアに相談することができ、ミュライユが行なったプログラムの分析を進めることができました。また、ミュライユが作品を制作した際にアシスタント・エンジニアを務めていたロラン・ポティエさんを訪ね、彼を通じてミュライユの許可を得て、作曲家のオリジナルのプログラムを得ることができました。」

・・・・現在は、どのような活動をなさっているのでしょうか。

松宮「すでに決まっているプロジェクトのための制作のかたわら、作曲科修了と同時にハ?リ音楽院の分析科に入学し、オリヴィエ・メシアンの弟子の一人で、スペクトル楽派の一員でもあるミカエル・レヴィナス先生のもとで分析の指導を仰ぎながら研究を続けています。また、レヴィナス先生には個人的に、彼の新作オペラの制作助手を依頼され、彼のアトリエで働いています。」

・・・・作曲と研究の両方を続けていらっしゃるということですね。

松宮「プログラミングを用いて制作を行なう先駆者の一人であるミュライユの思考を追う作業、レヴィナス先生の制作を実地で補助する作業は、僕自身の作曲の思考訓練にもなっています。研究と実践を通じて先人の知恵に学びつつ、制作を続けたいと考えています。」

musicology-interview-02-05パリ国立高等音楽院作曲科修了論文抜粋

・・・・今後の活動の見通しを教えてください。

松宮「直近では、トーキョーワンダーサイトにて、2013年11月末に、サクソフォーンと電子音響のための新作が演奏されます。そのほかに、パリ音楽院、IRCAMの仲間たちと設立したアンサンブル・ルガールにて、ヴィオラとアンサンブルのための協奏曲の制作、声楽と能管、電子音響による作品を制作する予定です。研究に関しては、パリ音楽院での研究発表のほか、日仏現代音楽協会、先端芸術音楽創作学会での論文発表や、口頭での研究発表などを予定しています。」

・・・・県芸で学んだことは、現在の活動にどのように生かされていますか。

松宮「やはり、卒業論文で扱った対象は今の関心にも繋がっていますし、制作にも大きく影響を与えています。そして、4年間、さまざまな学科の授業を覗かせてもらい、先生方、学生らと交流をする中で自然と身についた、研究、実践に学びながら音楽創作にアプローチするという発想は、現在の活動や考え方にも反映しています。また、フランスで、僕以上に多様な専門課程や経緯を経て、作曲家や演奏家、研究者として活動されている方々と出会ったことで、自分の発想もあながち外れてなかったと思うようになりました。現在の研究や創作の土壌をつくってくれたのが、県芸だと思っています。」

・・・・最後に、県芸の音楽学コースで学びたいと考えている方へのメッセージをお願いします。

松宮「音楽学を学ぼうという学生は、もともと広い視野で音楽に関心をもっている人が多いと思います。その関心を大切にしながら、思う存分大学生活をエンジョイしてください。美術も音楽もある大学ですから、たくさんの学生や先生と知り合い、いろいろな経験をするでしょう。そうして得た経験がフィールドワークとなって、自分の音楽観に返ってくるはずですから。」

松宮 圭太(まつみや・けいた)
京都府出身。愛知県立芸術大学音楽学部作曲専攻音楽学コース卒業、東京藝術大学大学院美術研究科修士課程先端芸術表現専攻修了後、渡仏。パリ国立高等音楽院作曲科高等第一課程、高等第二課程修了。2011年、フランス国立音響音楽研究所(IRCAM)にて作曲研究員を務める。現在、パリ国立高等音楽院分析科高等第二課程に在籍。
クラングシュプーレン音楽祭(墺)、ブルターニュ国際サクソフォーンアカデミー(仏)、統営国際音楽祭(韓)、武生国際音楽祭などにおいて作品が取り上げられ、武生作曲賞受賞(2010年)、サントル・アカント入選(2011年)の他、トーキョーワンダーサイトにてレジデンス(2013年)を行なう。

インタビュアー・森本頼子
愛知県立芸術大学音楽学部作曲専攻音楽学コース卒業。現在、同大学院音楽研究科博士後期課程(音楽学)在学。専門は、西洋音楽史およびロシア音楽史。愛知県立芸術大学、金城学院大学、各非常勤講師。

取材日 平成25年11月17日